よろこびのうた

きれいだね

Don't give way in Autumn./摂津万里くんを追いかけた秋単独――MANKAI STAGE『A3!』~AUTUMN 2020~

鮮やかに色づき熱く燃え滾る、膨大なきらめきとエモーションを浴びた。エーステ秋組単独公演が幕を閉じた。
わたしのだいすきな秋は、最後まで駆け抜けた。ぶちかます姿は最高にかっこよかった。

――The Show Must Go On!

A3!の世界において一番最初のキーとなるとても大事なフレーズだ。
「何があってもショーは終わらない」
これは、この世界のアイコンである佐久間咲也の演劇に生きる上での"芯"とも言える言葉であり、原体験。すべてのはじまり。
まさかエーステで、この言葉が現実に生きるとは思わなかった。秋単独のラストスパートの在り方はまさに"The Show Must Go On!"だった。

新型コロナウイルスの影響下、数々の公演やイベントが中止になっていく。2月26日の大規模イベント自粛要請が境でした。この日は現地にいたのでよく覚えています。そして、秋単独は、あと4日。ほんとうに、あとちょっとだったんです。だから、ここまできたら最後までやりきるだろうと思っていました。不安は拭えなかったけれど、駆け抜けるんだという強い意志を感じました。
客降りはなくなった。その代わり、アンコール曲が追加になった。それが、「The Show Must Go On!」

不謹慎かもしれないけれど、エーステが、推しが、ますますだいすきになった。改めてそう思わされた。

家族に心配される中、わたしは凱旋公演を観るために飛行機に乗って東京へ行きました。行ってよかった。たくさんの元気をもらいました。
2月はなんやかんやしんどかった。でも秋単独を観て、最高にかっこいい推しの姿を目に焼き付けて、もうしあわせいっぱい!推しは心の支えなんだって身をもって実感しました。わざわざ飛行機に乗ってまで観に行くのすごいねって(非オタの知人等に)よく言われるけれど、そんなの好きだからに決まってるじゃん!と言い切ってしまえるほどわたしのフットワークは軽くない。"好き"を超える何かがあるから、だいすきなきらめきを全力で追いかけている。その何かの本質を見つけられた秋単独でした。推しは心の支え。軽率に口にしていたこの言葉、今では重たく響く言葉として心の底から紡ぎたいです。

だいすきなエースリーの世界、だいすきな秋組、だいすきな万里くん、建太くん。たっっくさんのしあわせをもらいました。
生のエンタメに、推しの存在に、救われた人間がここにいる。その事実を証明し、記さなければならない。だから言葉を紡ぐ。ブログでもSNSでも、手紙でも。それがわたしにできる精一杯のうちの一つです。


……と言いつつ、これはただの秋単独ポエム記事です!笑
ネタバレ配慮していません。万里推しが万里定点カメラをし続けた秋単独の感想と考察です。ポエムです。ポエムなのにまた長くなりました。

東京公演後に書いた3万字超の感想記事はこちら。
彼らの居場所/MANKAI STAGE『A3!』~AUTUMN 2020~東京公演感想 - 星壺の底にて

摂津万里の物語としての秋組単独公演

万里くん、最高にかっこよくて目が眩むほどきらめいていた。大好きだった。あまりにも、いとおしかった。世界一の、わたしの推し。いつだって一番かっこいいよ。
わたしは原作から万里推しで、今では水江建太くんを応援している。だからエーステではいわば生粋の万里推し。秋単独は思い入れが桁違い。ずーっと万里くんを見ていました。もっと通えば他を見る余裕があったかも、なんて考えるけれど、たとえ全通しても万里くんしか見れない気がする。そんな中でも、万里まわりにいる人たちのいろんなお芝居が目につくとそのたびに沸いて、楽しかった。わたしは秋組のみんなが大好きなんだって、しあわせを噛み締めた。

万里推し目線で見る秋単独は、ひとつの"摂津万里の物語"として完成していました。たぶん、秋組の誰かに推し定点カメラしている人にとってはみんなそうなんじゃないかな。分かんないけど、たぶん。エースリーって全員が主役だから。

わたしはエーステの万里くんの"秋組リーダー"としての部分に惹かれています。
なんせ秋冬公演を初めて観たときに一番最初に惹かれたのが「お前はどこの七尾太一なんだ」というセリフなんです。幕間で友人に最初に語ったのがこのセリフのことで、「"秋組リーダー"の万里くんだった」とそればかりを口にしていました。一年経っても自分の発言を覚えている。一年経っても第一印象の感覚を覚えている。それだけものすごく大きな衝撃を受けていたんだなあって、今になって思います。
ところで、手紙の封筒に宛名を書くじゃないですか。舞台公演中に出す手紙には必ず名前の前に公演タイトル+「○○役」と添えるんですが(これを書く瞬間が一番テンションが上がる!)、今回は「秋組リーダー・摂津万里役」と書いていました。これを思いついたとき、もしかしてわたしって天才かな…?!って自画自賛しちゃった。おかげで宛名書きの際の気分がいつも以上に高まっていました。秋単独で楽しかった思い出の一つです。

単独公演ではリーダーは主演も準主演もやらないから絶妙な立ち振る舞いが求められる。リーダー推しとしては単独公演でどんな感情になるのか始まる前は怖かった。
結果的には、斜め上の方向から情緒を揺さぶられました。この単独公演を摂津万里という一人の人間の物語として魅せられるとは思ってもなくて。リーダーという概念にとらわれすぎていたのかも。あんまり考えてなくて無防備な脳で初見に挑んだ、というのはありますが。

これは万里推し目線の超主観的な感想ですが、秋単独全体を通して万里の人生のワンシーンが切り取られたと捉えています。ずっと万里くんを観ていると、思った以上に最初から最後までそこで万里くんが生きて物語を紡いでいる。
摂津万里という一人の"人間"が渇きを満たすものを求めて辿り着いた場所でかけがえのない仲間と向き合い、足掻き、ここが居場所だと自覚する物語。それがわたしにとっての秋単独でした。
そして、秋単独は万里くんの「俺はこいつらと、どこまでも行ってやらぁ!」で締めくくられる。あーーーーここからなんだな~~…って思いました。ある意味、"はじまりの物語"だったなあって。秋冬公演が"エピソード0"なら、秋単独は第一章。そんな、これから先の未来を、続きを、つよく匂わせられたな、と思います。

世界一かっこよくてきらめいている万里くん。今回、めちゃくちゃあがいていた、もがいていた。
なんかね~~~~~もうめっっっちゃ不器用じゃないですか!もう、いとおしくて、いとおしくて。すごい。
人生スーパーウルトライージーモードの万里くん、人と向き合ってこなかった万里くん。真剣に向き合う人間関係においては生まれたての赤ちゃん同然で。無味乾燥な日常と満たされない渇きへの焦り、「人生なんてイージーモードだ」というなんでもできるからこそのしんどさ。そして秋組に出会って、リーダーとしていざ仲間と関わろうにも、何もできなくて。万里のそういう苦悩に関して、建太くんのお芝居がすごくよかった。
十座と言い合いになるところ、どうしようもなく心が苦しくなった。見ていてつらかった。
そのあと天馬に心中を明かす万里くんには、ああもうなんて不器用なの、っていとおしくなって。
わたしは物語を神視点で見ている、客観的に捉えるタイプなんですよね。感情移入とかまったくしない。でも秋単独の万里くんを見ていると、びっくりするくらい心を揺さぶられた。なんというか、直接心に響いてくる。強制的に感情移入させられると言ってもいいほど。
言葉の一つ一つが響いてきて、あれもよかった、ここもよかったって言い出すと止まらない。
いやもう、ね、ぜんぶよかったの!ほんとう、ぜんぶぜんぶよかった。どの瞬間を切り取ってもずっといいお芝居してるんですよ。目が離せない。しかも毎回が新鮮。通って定点カメラで観てなんぼの人だって思っていたけれど、改めてそう感じました。
第二幕では左京さん退団疑惑騒動でどうしようもない中どうしたらいいか分からなくて、分かってもどうしようもなくて。なんでもないフリして(そんなフリできていないのばれてる)ずっと悪い冗談で空回りして。ま~~~不器用だなって!思いました!さすがにいとおしすぎた、二幕。よくない冗談を言っちゃうところも、「別に引き止めてねぇし」ってまるで典型的なツンデレみたいな振る舞いをするところも、なんかもうずっとにこにこしながら見ていました。劇団員全員集めてまで、めちゃめちゃ引き止めてたじゃないですか……
万里くんの不器用さが剥き出しになるほど、そうやってもがいて悩めるようになってよかったねえって気持ちになる。だってそれが渇いていた日々にもたらされたうるおいの証だから。

でもやっぱり摂津万里という男はすごいの!"そういうところが秋組リーダーなんだよ"ってちゃんと思わされた。未熟だけれど、それがまた等身大でリアル。等身大の秋組リーダーはカリスマ性あふれる、最高の男なんです。
第一幕では、臣くんと話すところ。ここは、なんだろう……まだ、だいぶがんばってるなーって感じ。
万里くんがリーダーとして仲間と向き合う第一歩だったと思うんですよね、ここ。だからなんというかぎこちなくて。毎秒毎秒が大切に紡がれているのが分かるシーンでした。ここはとくに、だいじに観ていた。ハンカチをぎゅっと握りしめて。
だからランダムブロマイドの万里くんのステショがこのシーンだったのがうれしかった。このブロマイドね、目がすっっごくきれいなんですよ。瞳の青色がきれーーに写ってる。かけがえのない、尊い一枚です。
そして第二幕はなんたって、左京さんの退団(疑惑)を"劇団員全員集めて引き止める"という決断をしたところ!秋組リーダー・摂津万里を一番感じるのはまちがいなくここです。
第二幕の万里くん、ずっと考え続けていたんだよね。左京さんがいなくなるなんて寂しいとか嫌だとか、そういうものはあまり表に出さずにいた。もともとそんなに感情が出にくいのかな。薄情と言われる人*1って感情が表に出にくい(参考例はわたし)と思う。でも焦りは隠せていなくて。どうしたらいいか分からないから口から出る言葉はちょっとよくない冗談になっちゃったりして。ただ、ほぼ黙っていたかなあって。たぶん万里くん自身はそのつもりだったんじゃないかと。まあでもどうしようもなくなっていたのは丸わかりで。
そして、「劇団員全員集めんぞ」という決断と発言。原作にはなかったので最初はびっくりしました。万里くんの発言に驚かされる気持ちを味わえたのは貴重な体験でした。(見ていて"驚く"ほど心を動かされたってことですよね…ほんとう、すごい。)
あまり言葉を発さずに、秋組のみんなを見て、ここぞというところで大きな発言・提案をする。万里くんのリーダーとしての在り方そのものなんですよね。旗揚げ公演のときの「なあ、ポートレートやろうぜ」というところもそうでした。全体を見て、考えて、決断し、力強い言葉で流れを変える。カリスマ性を感じる秋組リーダーの姿そのものです。
原作をはみ出した展開でしたが、万里くんのリーダーとしての在り方を見せてもらえて、すきな解釈でした。

そうやって不器用にあがいてもがく姿が印象的だった万里くん。満開カンパニーの、秋組の仲間たちに出会えたからこその姿でした。
原作を一通り噛み砕いたレベルの解釈だと、万里くんが出会ったハードモードとは芝居を指していたかな、と。
それがエーステでは万里くんにとってのハードモードは芝居の世界だけではなく"人との関わり"もそうだと描かれていたように思いました。万里くんは旗揚げ公演時のポートレートで「生まれて初めてマジになれるモンに出会えた」って芝居の世界のことをそう言ったけれど、生まれて初めてマジに向き合える仲間にも出会えたんだよね。そうひしひしと感じさせてくれる秋単独でした。そういえば旗揚げ時のこの言葉と対比になるかは微妙なところですが、秋単独で万里くんは「そんなとき、"あいつら"に出会った」と言います。これ聞いた瞬間ぶわっっっときて、ここから怒涛の情緒攻撃タイムがはじまるわけですが……万里くんにとってお芝居と出会えたのと同じくらい秋組の仲間たちに出会えたことがとても大きなことなんだなあって。
人と向き合ってこなかった万里がマジに向き合えるかけがえのない仲間に出会って、足掻いて、リーダーとして真ん中に立ち、仲間たちと共に滾る熱ときらめきを魅せる。摂津万里の物語としての秋組単独公演とは、そういうことです。
そして、ここが"居場所"なのだと気づく。

「ここが俺の居場所」
みんなで写真を撮って、なにげない日常(とてつもなくたいせつな一瞬!)の中でふざけ合う秋組を一歩引いて眺めながら、そう呟くの、あまりにも……あんまりにも尊くて……いろいろな想いが溢れ出して止まらない。こんっっっなにも心に突き刺さってきて震えさせてきて情緒をおかしくするセリフ、今まで出会ったことがない。泣き狂いそうな情緒でスパエモを浴びることになるなんて全然思ってなくて。
わたしにとって秋単独でいちばん大切な言葉です。
あと、この言葉って建太くんだったからこそものすごく響いたんですよね。たぶんダブルミーニングですらある。
お芝居は嘘だとか本物だとかよく語られるし、けっきょくは虚構だって言われる。わたしにはよく分からない。けれど「ここが俺の居場所」という言葉は、まぎれもない本物でした。透明度がすっっごく高い、きれいな、嘘偽りない言葉。あんなに高純度の言葉を紡ぐ人いるんだなあって、また好きになった。
万里くんとして「ここが俺の居場所」と生きた声で届けてくれてありがとう、言葉では言い表せないほどの深い感動と心の震えを味わわせてもらいました。

万里くんの居場所の物語を知った上で秋単独を観るとまたいろいろなことに気づきます。時々ふっと笑ったり、力強く拳を握ったり。ささいな表情の変化から、秋組が大切なんだなって伝わってくる。お芝居のすべてが「ここが俺の居場所」という言葉のためにあるのでは、と思うほど。つらくてしんどくなるシーンもあったけれど、なんだかもうずっといとおしくて、にこにこしていたと思う。万里くんはいつも、板の上で生きている。どの瞬間もそこで摂津万里が生きている。そんな建太くんのお芝居がいつのまにかまた大好きになっていました。

秋組五人の物語

秋組はそれぞれが心のうちに陰鬱な何かを持った者の集まりです。絶望と表裏一体の渇望、数えきれぬ後悔、諦念……そういうものを一人で抱えてきた五人。そんな彼らが出会い、互いを認め合って、ひとつの同じ光を目指して進み続ける。秋単独は秋組にとってそういう物語だったように思います。
暗闇の中のポートレートで始まり、ほがらかな光の中での集合写真で終わる。
仄暗い一人きりの世界から抜け出し、あたたかい光に包まれた居場所にたどり着く。
そんな物語でした。

「腐りかけた心を輝きに変えてくよ Brand new world」
OPのこの歌詞、まさにそう!秋組の物語を表しているなあって思います。いちばん最初に耳に残った歌詞です。
あとは、これ。
「街路樹が色づいて高まる感情の花」
「殴り合った拳さえ絆を確かめるアプローチ」

ああ、いいなあ。だいすきな秋の景色が目の前に広がるような歌詞。Brand new worldの組ごとに歌詞が異なるパートって的確にエモいですよね。

今回の単独公演で、秋組の魅力やエモさが可視化されたなあって思います。舞台化の醍醐味ですよね、原作では見えないものが見えるようになるのは。
わたしは秋組のこういうところが好き!がいっぱい詰まっていた。ずっと言葉にできずにいたふわっとしたものをこうして少しでも言葉にできるようになった。

それから、集合写真。ぜったいぜったい撮ってほしいって思っていたんですが。ほんとうに撮ってくれて。
たぶん、そのシーンはあるだろうって、願望まじりの予想をしていた。でもそんな願望がちっぽけに見えるほど、秋の色と匂いと風を添えて、期待を何億倍も超えてきた。
もう、あんなの、ずるいじゃないですか。まず写真がよすぎる。あのロケーションもみんなの表情もよすぎる。板の上のみんなの姿もよすぎる。ぜんぶぜんぶよくて、しあわせがぎゅっと詰まっていた。
そこに万里くんのポートレート演出をまじえてくるのもずるい。最高に研ぎ澄まされた綺麗で熱烈的な情緒で心を揺さぶってくる。

秋組と言えば写真、みたいなところがありますよね。Brand new worldの臣くんの「フレームにおさめたい笑顔を見つけたよ」で泣きそうになるくらいには"秋組と写真"に壮大な感情を見出しています。
なんだろう。写真って"今この瞬間"を残すもので、思い出も何もかもがその一枚に詰まっている、"エモい道具"だなーって思います。ぶっちゃけそういうものがいちばん似つかわしくない秋組。そんな彼らにとって写真が大切なキーワードになるのってエモくてたまらない。

あんなに拳で殴り合うようにバチバチに熱くぶつかり合う人達が、絆とか感情とかそんな繊細な情緒にものを言わせて預ける背中には、優しさしかないんですよね。そんなの泣きたくなるほどだいすきじゃないですか。

そんな秋組単独公演オープニング、Brand new world~Autumn 2020~で一番高まるところはここです。
「姐さん、最高の季節ッスー!」
だいすきな秋!ほんとうに最高の季節だよ!

秋単独のテーマ

エーステの単独公演では、各組にテーマが与えられ、それはそのままリーダー個人にも与えられると考えています。
春単独では「春組らしさ」が問われ、リーダーの咲也にもまた「咲也らしさ」が問われた。
夏単独では「支える」ことについてみんなが考え、リーダーの天馬もまたずっと真ん中ポジションだったからこそ「支える」ことが課題とされた。
では秋単独ではどうなるのだろう?ずっと楽しみにしていたことで、一周回ってこわかったことです。

これ!という一つのワードにはなかなか絞れなかった。春夏は分かりやすかったのですが…単独公演の構造を崩しにきたなって思いました。秋組はいつも春夏の流れを一度ぐるりと変える。

わたしが思う単独公演のテーマは組全体だけでなくリーダー個人にかかるのが条件ですが、それを満たしたのが三つのワード。

まず、課題としては「向き合う」です。
目をそらしてきたものに「向き合う」、仲間と「向き合う」。第一幕ではとくに分かりやすくキーワードになっていました。これに関しては秋組全体の課題でありつつ、リーダーの万里だけではなく、万里と十座の二人に課せられていたように思います。やっぱり秋組の真ん中を分かつのは二人なんだなって、しんまけはシンメなんだなって…エモい気持ちに浸ってしまいました。

そして重要なキーワードとしては「わがまま」
何かと頻繁に出てくる言葉です。
旗揚げ公演の際、秋組に課せられたのは「自分をさらけ出す」ということでした。自分をもっと出せ、と。そこから繋がっているなあって思います。
「わがまま」というキーワードはスパエモで印象付けられて始まる前から頭の片隅にあったので、劇中で「もっとわがままになれ」という言葉が出てきたとき、ウワーーーッて、だいぶ沸きました。自分をさらけ出したら、次はわがままになるんだね。閉ざしていた己をさらけ出したら、もっと自分を主張する。旗揚げ公演からステップアップしているんだなあ…
それと万里くんと「わがまま」について。それこそスパエモの「わがままバイブレーション」がかなり衝撃でした(響きがよすぎるとはいえ衝撃の理由があまりにも漠然としている)が、Brand new worldでも「わがままにぶちかますぞ」って歌うから、やっぱりそこなんだ?!と思ったんですよね。万里くんの「わがまま」の"音のよさ"みたいなもの、何なのでしょう……なんかよくわかんないけどめちゃめちゃすき!っていう……クセになってたまらない。
そういえば座談会等で語られた劇中劇の役作りの話でも"わがまま"というフレーズは意識的に使われていた印象があります。「わがまま」は秋単独でたいせつなキーワードの一つに違いないなと思います。

さて、この二つの言葉はどちらかというと"課題"の側面が強いです。今まではできていなかった、知るべき、乗り越えるべき概念。そして春夏まではテーマ=課題だったと思います。
秋組単独公演のテーマについて、わたしはわたしの中で最終的に答えを出しています。それが「居場所」です。
春の「らしさ」、夏の「支える」に並べるなら秋は「居場所」かな、と。なんせ万里くんの言葉でいちばん重たいのはここですし。
それに秋単独を観ていて、五人にとって秋組が居場所なんだなってつよく感じた。
"秋組だからこそ"彼らが彼ららしくいられた。五人それぞれにそう思うところが必ずありました。

秋組は居場所だって、たぶんみんな漠然と感じていたと思うんですよね。それを言葉にしたのが太一。オープニングのBrand new worldで「居場所を大切にするッス」と言うし、ラストシーンで「秋組は俺たち五人の大事な居場所なんスよ」と言う。物語の始まり=Brand new worldで「居場所」という言葉を出したから、物語が紡がれる間ずっとみんなの胸のうちのどこかにあったと思う。そして最後には、みんな確信するんですよね。秋組は俺たちの居場所だ、と。そういう意味でも秋単独のテーマとして申し分ないというか。

ところで、太一がいちばんに秋組を「居場所」だと言うのはジーンとくるものがある。
秋冬公演で太一はポートレートで「俺はここに入れない、入っちゃいけない」と言うんですよね。そうして出ていこうとする太一を万里が引き止めて「お前はどこの七尾太一なんだ」と問う。それってもう「ここにいていい」「太一の居場所はここだ」という意味だし、みんなの総意だし。
太一にとっては秋組のみんなが「居場所」をくれた。そんなみんなに「居場所」の概念を還元しているような気さえします。
これはわたし個人の主観的な感想ですが、秋冬公演で「お前はどこの七尾太一なんだ」が刺さりに刺さった身としては、巡り巡って万里くんが秋組での日々を噛み締めて太一の言葉を受けて「ここが俺の居場所」と言うことに壮大なエモを感じます。かえってくるものだなあ…

あとスパエモPV解禁時にnoteに長い感想文を書いたのですが、
note.com

本当の居場所を「見つけちまった」のは秋組全員に共通することだが、それを万里がセリフとして言うのが"秋組リーダー"であることを感じて勝手にエモい気持ちになった。
エーステの単独公演に共通することだけれど、組全体のテーマはリーダー1人にもかかってくる。その片鱗を見た気がする。

もう答えに触れてるよ~~~!!さすがわたし!!
メインテーマってつくづく単独公演のすべてをぎゅっと詰め込んでいるよなあと思いました。

単独公演のテーマについてはたくさん考えました。
秋単独打ち上げパーティーでみんなが着ているTシャツにあるロゴが「Don't give way in Autumn」なんですよね。
"Don't give way"自体には「道を譲るな」「屈するな」だったりの意味がありますが、わたしはこれを「秋組という居場所でわがままになれ」と訳したいです。もうこの英文がテーマそのものでいいんじゃないかってくらいに思います。
in Autumn居場所と訳したくなる、そんな秋単独が、秋組がだいすきでした。

推しが大好きって話

万里くん最高だったよ〜〜!!!!!かっこよかった!!!宇宙一きらめいてた!!!
ほんっっっとうにかっこよかった。万里くんがだいすきだった秋単独でした。

前の感想記事でも書きましたが、摂津万里はとにかく魅せるヤツなんです。ステージの上でキメる姿がもうめちゃくちゃ様になってて、ほんとうにかっこよくて。眩いほどにギラギラと咲き誇っている。
そして万里くんと言えば「野性的な美しさ」という言葉。*2黄色のコスモスの花言葉
ほんとうにこれなんですよね。美の権化みたいな万里くんだけれど、内なる熱をばっちばちに燃え滾らせている。板の上の万里くんはこの言葉そのもので、だいすきでした。いつもすきなのに、だいすきすぎて何度もびっくりしてしまう!笑

歌って踊る姿がはちゃめちゃに輝いているんですよね。あまりのかっこよさに沸きっぱなしです。
最初と最後、真ん中の扉からハケるときの姿がだいすき!満開カンパニーの秋組リーダーらしい輝きを感じました。
あとぶるすまのときにわたしたちを一緒に盛り上げてくれる姿が大好きでした。「みんなで笑顔になろう」のところがすきです。ほんとうに笑顔にさせてくれる。なんだろう……例えがピンポイントすぎるんですが、お祭り騒ぎのときに輪に入れずにいる子を優しくさりげなく巻き込んで一緒になって楽しませてくれる人みたいな。
わたしはライブやコーレスで声を出すのが苦手なんですが、秋単独ではずっと叫べていたんですよね。あーーわたしもこんなに声を出せるんだなって。ただただ楽しかった。万里くんのおかげです。

いちばん思い出深いのは1/25夜100公演目です。Twitterやそこかしこでずっとこの話をしていますが、懲りずにまたやります。
わたしが観た中ではこの回がいちばんきらめいていて、至高でした。
この回のぶるすまで万里くんが目の前で立ち止まってくれたのはさすがに運命かと思いました。(いつだって運命だよ!)
あとこれも前の感想記事で書きましたが、横を通り過ぎるときにふわっとキンモクセイの香りがしたんですよね。残り香がすごくて、周辺一帯がたしかに沸いていました。キンモクセイだ〜〜って。びっくりして何度も振り返ってしまった。
客降り序盤でお花がまだ飛んでないときのことです。ポケットに忍ばせていたお花の匂いだったのかもしれませんが、それでも"万里くんが"あんなにキンモクセイの香りをまとっていることがエモくてたまらない。秋組を象徴する匂いを万里くんがつよく、色濃く、まとっていた。秋組の万里くんなんだな、"居場所"なんだな〜〜って、あの瞬間一気にぐるぐると考えてまた泣きそうになった。
他の回も含めて万里くん以外だって何人も通ったけれど、あきらかにキンモクセイの香りを残していったのはあのときの万里くんだけでした。少なくともわたしにとってはそう。万里くんからキンモクセイの香りを感じたという事実、それはまちがいないし、それがすべてです。
そしてなにより、おめでとう!って叫べたのも幸せすぎて。100公演目の感慨深さをあくまで勝手に感じに行ったつもりだったから、まさかあんなふうに直接祝えるなんて思ってなかった。幸福度が突き抜けていました。 東京まで来てよかった〜!って終演後叫んじゃったくらい。いつもはるばる東京まで向かっているのにね。笑
推すって決めてよかった、このひとのファンでよかった、しあわせだっていう想いが心の底からあふれました。

どの瞬間を切り取っても最高に素敵な推しがまただいすきになった!ハッピーすぎる秋単独でした!

幸せいっぱいの秋単独

秋単独、とにかく楽しかった!秋単にまつわるすべてが楽しかった!
いろんなご縁や運命に恵まれました。

チケットもグッズもびっくりするくらい運命のオンパレードだった。

今回のために新しい服やコスメを買って着飾った。朝4時起き遠征マチソワにも耐えうる下地*3にも出会えた。いつもセルフのヘアメも新しいことができるようになったし、リボンをたくさん取り扱っているお店にも出会えた。万里カラーのリボンに出会えたのもうれしかったな。"スパイラル"="螺旋"のイヤリングを身につけたり、豹柄を身につけたり、劇中劇イメージのネイルを施したり。そういうことすべてが楽しかった。

いつも地元や現場以外で会ってる友人たちに現場でたくさん会ったのも楽しすぎたし、はじめましての方、久しぶりの方……いろんな人に会えてお話できたのも楽しかった。取引だけで関わった方々もいい人ばかりで。ほんとうに素敵な縁に恵まれました。

とてもとても充実していました。
みんなみんな大好きで、エーステが、あの世界が大好きで。鮮やかに色づく秋のきらめきをたくさん浴びることができて幸せでした。
なにより推しがだいすきだった!!建太くんが万里でよかった、出会えてよかった。
建太くんのファンでよかった!
と~~っても幸せでした!!

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Ⓗ (@hrspy) | Twitter
odaibako.net

*1:第六回公演「FallenBlood」イベスト参照

*2:VIVID AUTUMN特典SRバクステ

*3:ヴォワールコレクチュール | クレ・ド・ポー ボーテ