よろこびのうた

きれいだね

おうちにいても推しがすき

おうちにいても推しがすき。
わたしは現場がだいすきです。早く推しに会いたいです。画面越しもいいけれど、やめられない生の価値をうんと知っています。
それでも。今の状況を理由に推しのファンをやめることは絶対にないと言い切れます。
どうしてでしょう?

お題「#おうち時間

おうちにいても推しのファンでいられる理由について。あるいはおうち時間がもたらす推しとファンについて。

11月からノンストップで毎月遠征していました。
でも今はほんとうに現場がない。ですが、みんながみんな同じようにないんですよね。
元から現場がないのと、ある現場に行けないのとでは、意味が大きく違う。
追える最大限を追っている。推しから与えられるほぼすべてに触れている。
だからゆったりまったり継続してファンでいられます。でもきっとそれだけではない。

わたしの推しはもともとそこまで現場がある方でありません。それは大きいのかなーって思います。ぽっかり空いた感じはしない。払い戻しチケットは0枚ですし。しかも連ドラの放送まである!
それとニコ生チャンネルの定期配信があります。4月は2回もしてくださいました。うれしいなあ。
こういう時期だから…みたいなことをあまり大きな声で言う人ではないですし、SNSも同界隈の中では活発ではない方だと思います。でも、なんて言うのかな。わたしはあなたのやさしさを知っている。じゅうぶんです。
今、界隈では様々な取り組みが行われています。そういったものを(積極的に)やる、やらない。やり方に正解なんてないと思うし、もし実際とちがう行動をしていたとしても、それが推しの考えた結果だろうからきっとたいていのことは素敵だと思える。今この状況ではなくても。
ひとつひとつ考えているところ、そこにいつもやさしさがあるところ。そういうところが好きだから。

どこまで考えていてどのくらい無意識なのか分かりません。でもその結果がわたしは好きだと思える。ほんとうにすごいことだと思います。
人はある程度波長が合う人と友だちになる。無意識に選び合ってる。それと同じように、人はきっと自分に合う人のファンになる。世界中に素敵な人はいっぱいいるけれど、そんなの分かっているけれど、ほかの誰でもない"あなた"が好きなんだよ。
それはわたしの感性にぴったり合うから。あなたの感性を好きだと思えるから。あなたの見ている世界がわたしも好きだから。
これってものすごい奇跡で、運命です。

推しの好きなところの話をします。いっぱいあるうちのごく一部です。
ひとつめ、やさしい心づかい。なかなか気づけないところや細かいところまでファンのことを考えてくださっていて、いつもびっくりする。
ふたつめ。ときどき、まじめなお話をふと聞かせてくださいます。そういうときに、ちょっとまじめな話になるけど、って前置きをする人なんですよね。それも気配りがもたらすものなのかなって思っています。なるべく楽しく笑顔でいられる空間をつくってくださっている、と勝手に感じてる。だからいい意味でめずらしい、たまに見せてくださる、そうやって話をする姿が好き。

この前の配信では、とても心の近さのようなものを感じて。背景はいつもの無機質な白い壁できっとどこかの部屋なのに、言葉の節々からこぼれる生活感がすごかった。笑
ずっとおもしろくて笑いっぱなしで楽しかった。さりげない言葉に救われたりなんかして。
同じ空の下にいるというより、同じ地の上に生きているんだなって思いました。推しとファンって他人じゃない。世界中の多くのアーティスト*1の中からただ一人を選んでファンになっているんですから。ぐうぜん出会った、推しとファン。それってもう他人じゃないです。他人じゃないから心がけるんです。そういうことを無意識に分かっていそう…と言うとちょっと上から目線かしら。推しとわたしたちファンの空間はとてもやさしさにあふれています。

……こういうところとか、ね。
ファンしか知らないことって多いと思います。そしてわたしは推しのことを知らない人よりはよく知っています。
そういうものをひっそり胸のうちでだいじにしたかったり、こんなにすごいひとなんだよー!って叫びたくなったり。
推すという行為により知り得たことを原文ママで掲載することはなんかちがう。でもこのブログこそもともと推しのきらめきを知ってほしくて書いている面もあります。
むずかしいですね。いまだ、どう伝えていいかわからずにいます。
ただ言えるのは、とてもあたたかいひとだということ。
こういう時期だからこそ、このひとのファンでよかったと思えているということ。

おうち時間で、ゆっくり考えることができました。
おうちにいても推しが好き。
それは現場=生を抜きにして、推しを知ることができるから。シンプルにそのひとを知ることができるから。"生"ってもしかしたらバイアスになり得るのかもしれません。現場にいる自分が好き!みたいなところはありましたし。そんな自分でなくたって推しが好きということは、"おうちにいても推しが好き"ということです。
あとはなんだろうな。変わらないでいてくれるからかもしれません。こうやって考える推しの好きなところって、今に始まったようなことではないんですよね。ずっとそうなの。言葉にはできないたしかな軸があって、そのちからづよさにずっと惹かれています。

それから。あなたの見ている世界がわたしも好きだから、と言いましたが、これがほんとうに文字通りなんです。
好きな色、食べ物、音楽、映画、本。ありのまま言うと、嗜好が合う。"好き"の一致度が高い。推しのおすすめに触れることで自分のまっすぐな好きに出会えます。これってものすっっごい奇跡で、しあわせなことで!自分の運命と神様に感謝しています。
だからせっかくなので、おうち時間で映画を観ました。音楽を聴きました。本を読みました。
あと先日の配信でダルゴナコーヒーを作っていたので、わたしも作ってみました。
おうち時間とは、推しの感性をかたちづくるひとかけらにゆっくり触れることができる期間でもあるのかもしれません。同じ世界を見ていると思うと、とびきりのわくわくを感じます。
こういうことが楽しくて仕方がない。それは推しありきだからというのはもちろん、新しい世界に触れることによろこびを感じているから。

わたしは、ただの推しのファンです。
現場というバイアスがなくなって思う。目に見える場所を失い、推しとファンでしかなくなったわたしたち。そこにこそ見えてくる何かがある気がします。

あ、そういえば。未解禁のお衣装があるよね。なんのお仕事だろうって、まいにち心のどこかでドキドキが鳴り止みません。
わたしたちも生きているし、推しも生きている。同じ地上でね。だからいつかの未来で、また会えます。

そういえばブログのタイトルとデザインを変えました。
よろこびのうた。
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*1:広義