星壺の底にて

きれいだね

美しく色づく花へと捧ぐ讃歌/推したいとずっと思わせてくれた366日

建太くんを推すと決めて一年が経ちます。
気づいたら推していた。ほんとうはそう言うのがいちばん的確かもしれない。
だから推しはじめ記念日というものがわたしにはない。
けれど、自分のツイートをたどっていた時に見つけた、どうやら心を決めたらしい日はある。それがたまたま6月18日でした。なんでもない日でした。

一年が経つので、そういう話をします。少しの自分語りと世界一の推し語り。



好きな人を好きなようにふらりと、その瞬間を刹那的に全力に追う姿勢を舞台・若手俳優周辺で四年ほど続けていたわたし。誰か一人だけを一直線に追いかけることは、たぶん、はじめてでした。
「推し」という言葉と和解したのは、この一年で大きかったことのひとつ。
「推し」ってなんだろう?よくあるテーマです。
推すということはそのひとの可能性や光るものに惹かれて何かを見出して、その先にある未来を望む、それを応援という行動にあらわすことだと思います。
いつかの未来を見たい、そこに向かいゆく今この瞬間を見ていたい、歩む道のりを追いかけたい。そう思えたから「推す」と決めました。そう、ちゃんと、心を決めて。
わたしにとっては知り続けること、考え続けることが何よりもだいじで、なのにその一歩を踏み出す足が重い。
だからちゃんと心を決めることでほどよい義務感に背中を押してもらいました。知り続け、考え続けました。
そうしてやれることは全部やってきた一年、ものすごくしあわせでした。


ほんのすこし背伸びをして

たぶん、考え方や世界の見方も変わった。
なるべく尖らないように言葉を選んで、常に言い換えや発想の転換を意識して、ゆるりとまったりした姿勢を保つようになりました。もともと尖りがち冷めがちで薄情な面があるので、そういうところは隠しきれていないかもしれないけれど。
誰かに確かめたことはない。もしわたしのことを長く知っている人がここを見ていれば、教えてほしいです。わたしは推しに出会って、変わった?もとからこうだっけ(記憶喪失)それともほんとうに大人になったからなのか、推しに出会ったからなのか、あるいはそのどちらも。
たぶん、だけれど。建太くん自身がとてもやさしい人だなあとわたしは認識していて、そして独特の感性を持つ人だから。その在り方に、まるでお気に入りの空間を形成している行きつけのカフェにあるような"居心地のよさ"と同じものをおそらく感じていて、そこに馴染みたいと本能的に思っているのかもしれません。
ファンは推しの鏡だとよく言います。近づきたいと思ったし、推しのファンとして胸張って立っていられる自分でいたいと思った。
テーマは「推しの隣に立てる自分」です。ガチのリア恋ではないので本気で物理的にそこを目指しているのではなく。素敵な自分でいるための基準として、あまりにもしっくりきすぎた。
この基準を掲げることで自分が安定したように思います。服や持ち物の選び方、生活の仕方、あらゆるものに対する姿勢……うまくかたちにできなかった自分の理想にどんどん近づくことができました。
これは建太くんの感性が好きで、もともといろいろな娯楽から飲食まで何かと趣味嗜好がかなり合うから、成り立っているのだと思います。(だからここまで楽しく推せているとも言える)
それから、自分の言動で推しのイメージダウンをしない…のはもちろん、少しでもいい印象を抱いてもらえるように振る舞いに気をつけているつもりです。だから"推しのファン"としての自分を褒められるとものすごくうれしくなった。
こういう人がファンにいるんだ、推されているその人もきっと素敵なんだろうな…と思うことがかなりあって。自分もそこに到達できたらなあって憧れに近いものを抱いています。


この世のすべてに

ほんとうに生活の大半を占めていたと思います。職場の人にはわたしの休み希望は99%推し関連ですって伝えてあるから理由を言う手間も省けたくらい(笑い話です)。そういえば職場の人に「きれいな人だね」と自然なトーンで言われたのが、ものすっっっごくうれしかったです。そんな思い出もありながら。
何かを選ぶ時、いつも意識していた。ほんとう、ずっと頭の中のどこかにあった。
すごいよね、仕事と同じかそれ以上、たった一人のことをずっと考えている。
遠くにいるきっと知らぬ誰かにいつもいつもこんなに思われてるのって冷静に考えてとんでもないよね、ごめんね。でも、それでわたしは健全に楽しく生きることができています。

たくさん知ろうとするのも考えるのもあなたを推している自分を守るためではありません。
そうさせてくれるから、そうしているだけ。推したいと思わせてくれるから。


見つけた宝物

最初にすごいなあと思ったのはいつだったか。
一年前、まずは雑誌を一通り集めようと思い立ってエーステが決まって以降の雑誌を新品中古あれこれチェックして買い揃えた。Web媒体はデビュー後のものは網羅した。
インタビュー記事は文字を通して推しのことをじっくり知り考えることができる最高の媒体です。しかも簡単に手に入る。知ること考えることを大切にしているなら、推しはじめにやらない手はない。生の姿にしかないものもあれば、写真や文字にしかないものもある。
集められるものはすべて、一気に揃えました。たくさん見て、読んで、知りました。印象もより深く形成されたし、どんどん好きになった。雑誌を集めて読んではファイリングしているとき、ほんとうに楽しかった。
あのとき思ったのですが、スニーカーが世界一似合う!ベストジーニスト賞のスニーカー版(?)があったら全力で推奨します。
あとブルゾンのようなゆったりめの服装、ワイドパンツもとても似合う。
そういう印象があるのは初期の頃の雑誌でそういったスタイルが多かったからかな。
閑話休題
たしかつくづくすごいなあと思ったのは、アーティストを目指してこの世界に入って触れるようになったお芝居を「楽しい」と言っていたこと。
アーティスト志望だと公言していること自体も、そのハッキリしたところがいい。どの媒体でも言っているので、周知の事実にしようとしていたのだと思います。同時に役者業について、もちろんアーティストを目指す上での糧にしていくという姿勢も感じました。でも、もしそれだけだったならおそらくそれほど感動はしていないです。
まず言葉の使い方として、「新しい世界」に「挑戦」していくと言っていたのがなんとなく刺さった。
それで、さらに「おもしろい」「楽しい」って言えるのが、すごいなって。
建太くんはインタビュー記事の中で、「楽しい」とか「楽しむ」という言葉をよく使う。ものすごく使う。全記事を集約してテキストマイニングでもやってみたいレベル。
なかなか出てこなくないですか?感覚としてある人はあるんでしょうけど、それを自分の中にある大きな概念としてしっかり言葉にしているのがすごいし、シンプルだからこそ澄んでいて、きれい。
なんだかほんっとーーーーに、内面まできれいな人なんだなって…これは今思いついたことですが。笑 今思えば、そういう内面に惹かれたんですよね。
お芝居を楽しんでいる感じは実際観ても分かったし共演者からもよくそう言われているからさらに説得力が増して、楽しめるってすごいなあって。そこから生まれているのが、毎回違うものを見せてくれるお芝居です。建太くんは、出ている舞台には通ってなんぼの人なんです。通わせる人。あと、とっても心に響いてくるお芝居をする。なんでそんなにって思うくらい。共演者も感じているみたいだし、客席でもすごく感じる。これらもその「楽しむ」からきているのかも?一理はあると思います。
こうやって考えることができるのって、生まれ持ったものなのでしょうか。建太くんのきらめきの正体はここにあるのかな?まだ考え続けるけれど!あのやさしいきらめきが好きでずっと推している。その根底にあるものがいちばん最初に「すごい」と思ったところなのだとしたら、分かりやすいです。

わたしも実際にやりたかったことと今の仕事にそこそこギャップがあるのですが、建太くんのこの考え方がいいなって思ったことで、今の仕事を楽しむことができています。もしも建太くんに出会っていなかったら、どうなっていただろう。

知ったきっかけはエーステというお芝居だったけれど、建太くんの音楽がわたしの感性に突き刺さったことが推そうかなと思ったきっかけ。
ずっと歌っていてほしいと思う。デビューする未来を祈っている。いつかのその先に向かっていく今、いろんなことに挑戦して、楽しんで、きらめいている姿を見ていたい、浴びていたい。
そんな気持ちで推し続けた一年でした。


この一年で、すごい!と思ったところはたくさんあります。たくさんの好きなところができました。


きらめきのかけら

そのいち。気遣いが細かいこと。
こちらが気にもとめない部分を拾って気遣ってくれるから、いちいちびっくりする。どうしてそこまで気づけるの、やさしいの。

こういうことも含めて、そのに。ファンのことをよく見ているし、考えているなあって思う。
なるべく誰もいやな気持ちにならないようにって配慮してくれる。なるべくみんなの願いを叶えようとしてくれる。
全員の望み通りになることなんて不可能なのに。それを分かったうえで、少しでもなんとかしようとしてくれる。すごいひとです。
絶対に何か一つ推しに直してほしいところを挙げなきゃいけないならこのことになるのだけど、わたしたちのことなんて考えすぎず建太くんがやりたいことをいちばんに優先してほしい。でもあまり心配いらないのかな。こだわることは貫き通す人なのかもって最近は思うので。

すごいこと、そのさん。
雑誌で万里くんにダメ出しを、という問いに対して「万里は完璧なので何もない」と答えていたこと。だからずっとかっこいい、かっこよくいて、と。
…………すごくない??!
おどろきました。そうきたか、と。だって万里くんは完璧じゃない。
でも建太くんは万里くんを演じている人だから。そう考えていることがうれしかった。キャラクターのファンでしかないわたしには絶対に手が届くことのない領域。建太くんだけが言えること。そうやって思ってくれてありがとう、とも思いました。
だから板の上の万里くんはあんなにも輝いていたのかな。ずっとずっとずーーーっとかっこいいの。
それでいて人間関係にもがく姿、それこそ完璧ではない部分、揺らぎを繊細に演じているものだから、余計にすごい。万里は完璧だ、と言っていた記事を読んだうえでエーステ秋単独を観るとまた一味違った感動を得られます。
いつも万里くんのことをかっこいいと言っていて。だからはちゃめちゃにかっこいいのだと思う。でもちゃんと人間味がある。不安定なところだってしっかり演じているから、何がどうなっているのってわけがわからなくてすごい。

吸収スピードが異常に早いとか器用だとか関係者・共演者によく言われているようなこともすごい!と思う。
言葉の選び方、使い方、そういった感性も好き。言動で分かっちゃうのだけど、ああきっと頭のいい人なんだろうなというところも。
なによりも音楽が好き。その世界が好き。そのうえで、すごいところ、好きなところ。この一年間でうんとたくさん知ることができました。


かけがえのない時と心

そして、"推しててよかった"という気持ちを体感できたことは自分にとってとても大きな出来事でした。
「推し」がいる人の言う「推しててよかった~!」という感覚がどこか羨ましかった。それって大前提として「推し」がいなきゃいけないし長く応援している人が抱ける感覚だと思っていました。建前なんかじゃなくて、意識するんじゃなくて、心の底から自然とそう思うことって、きっとまだ先のことだろう、と。
だから「推しててよかった」という気持ちがふと溢れたとき、自分のことなのにびっくりした。
秋単独で迎えたエーステ100公演目。いつも輝いているけれどいつも以上にきらめきの量が膨大だった。幕が開いた瞬間から"違う"と感じた。これは100公演目マジックがかかってる、って。最初から最後まで眩しかった。カテコで「おめでとう!」を言えたこともあまりにも幸せでした。コーレスとかであまり声を出せるタイプではないけれど建太くんの手にかかればむりなく叫ぶことができる。そんな中でも100公演目のおめでとうは今までで一番叫んだ。気持ちよかった。笑 ほんとうに最高でした。
なんだろうね、純度が突き抜けているきらめきを浴びることができて、ただただ楽しかったからかな。もうほかにはなにもいらない、という澄んだ気持ちになって。あーー推しててよかった…って。
この日を皮切りに、そう思うことが増えました。「推しててよかった」という言葉はあまり乱用したくないのに、ほんとうに心底そう思わされるからすごい。

それはそうと、この人のファンは幸せだろうな、と思う俳優が何人か思い当たります。(何人か、とは言うけれどはっきり名前をあげられるのは二人)それはSNSやブログを見ていてファンを通して思うこともあれば、推されているその人自身を見て思うこともある。
どうしてか分からないけれど、「今のわたし、"この人のファンは幸せだろうな"と思われているにちがいない!」という感情になったのがあの100公演目でした。本来、客観的にしか分かり得ないはずのこと。そういう人のファンになりたいなあってかつてはぼんやり思っていましたが、今はもうその該当者なのかもしれないって自分のことながら思います。

たったの一年で、ここまで到達できてしまっていいの?そんなことありえるの?と思うのですが、それくらい建太くんがすごいということで。


ただうつくしき色彩

知らない世界に触れることもできました。推しが出ている作品の原作を知る楽しみは、誰かのファンでいる醍醐味だと思います。
ヒプステの話です。ヒプステはおそらくかなり挑戦的だったこともあって、いろいろと思うところがあります。エーステでは決して感じることのない気持ちになる。いまだ言葉にできずにいますが、たしかに思うのは、建太くんを通して入間銃兎さんという人を知ることができてよかったということ。建太くんのファンとしてヒプステの客席に座ることができてよかったです。

スマブラが異様に強いところ(これは絶対言いきれるんですが若手俳優界隈で一番強い)(全キャラVIP入り*1らしい)とかお絵描きがんばっているところ(察して)とかバーイベのブロマイドが全82種あったこと(数えてびっくりした)とか、具体的な素敵なお話もたくさんあるにはあるのですが、さすがにもう長いし話し始めたらきっと止まらないので、またどこかで。
スタバの好きなカスタマイズを聞かれて好きな豆を答えていたときは、""信じられる""と思いました。それがわたしの好みどんぴしゃで舞い上がったりして。甘いものをおいしそうに食べているところも好きです。
おすすめしていた映画や本はわたしにとっても純粋に好きと思えるものだったし、好きな色に紫をあげていて運命を感じた。
色といえば最近気づいたことがあって、建太くんはブルーがとてもよく似合う。エーステで演じている万里くんの目は群青色なのですが、秋単独のステショの瞳の青色がきれいでずっと見ていられるなあって考えていたことを思い出します。なにより、今のTwitterのアイコンがさいこうに素敵なブルーなの。
高校生のときに帰宅電車でたまたま隣に座っていた鮮やかなブルーのロングスカートをはいたご年配の女性がとても素敵だったことが今でも忘れられない。見知らぬ方だったけれど、歳を重ねたらこういうふうになりたいって強く思った。そのことを思い出して、ブルーが似合う人は素敵な人だという方程式をひっそりと頭の中で立てています。
青色は空や海の色、大自然の色だから。とくべつな魅力がある色だなって。そんなブルーが似合う建太くんはとても素敵な人に違いない。
ずっとブルーという色について考えています。今まであまり気に留めなかった色だけれど、きれいな青が似合う女性になりたいと思うようになりました。そうして、ひとつ、コバルトブルーのアイテムを購入しました。いつかお披露目できたらと思います。
"色"との新たな出会いは予想もしなかったので、また人生が豊かになった!という気持ちです。

最後に、すこしだけ音楽の話。
好きな音楽になかなか出会えないわたしでも建太くんの歌はすっと心に沁みて好きだなと直感が叫んだし、建太くんを通して知る音楽はそのどれもがわたしの狭いストライクゾーンにあるものだった。
万里推しの原作ファンだから"エーステから"と思われがち。半分正解だけれど、半分はそうじゃない。推そうと思えたのは音楽があったからです。歌が心に刺さることがどれだけすごいことか、自分で分かっていた。だからこれはただならぬことだって思って、ちゃんと推す決意をゆっくりと大事に固めた。
アーティストとしてきらめく姿に心を震わせるいつかの未来をふとした瞬間に夢見ています。ずっと聴き続けたいから、いつまでも歌っていてね。これは唯一おさえきれないわがままです。


これだけ書いても当たり前に語り足りません。
こんなに好きで大丈夫かなって我ながら心配になります。大丈夫かな?!


たった一年、されど一年。
たった一人だけをこれほどまっすぐに追いかけたのは初めてだから十分すごいごと。
とはいえやっぱり、まだ一年だ、と思います。
ありのままを大切に、シンプルに感謝を込めて。これからも輝いて、めいっぱい咲き誇ってね。
いつもありがとう。やさしくてつよいきらめきは世界一だよ!

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